2006-09-24

御巣鷹山 真実のゆくえ④

http://heart-shaped.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/22_ad5a.html
↑①はこちらです

前橋地検は、ボーイング、運輸航空局、日航の関係者
全員の不起訴処分を決定した。

その時に、「8・12連絡会」の申し入れで
不起訴理由に対する説明会を開催。

その中で、調査を担当したベテラン敏腕検事は、
報告書について遺族に説明した。

「私はいろんな角度から調査した。
それで11月までずれこんだ。
その結果分かったことは、修理ミスが事故の原因かどうか
相当疑わしいということだ。

(中略)

事故調査委員会の報告書も曖昧と思う。
みなさんは我々が本当に大切な資料を持っているように
思っているが、資料は事故原因については、
事故の報告書しか分からない。

それ以上のことは法学部出身の我々にわかるはずがない。
我々が調べたのは、乗っていた人の調査等、日航の調書、
飛行機の破片、遺体の資料等、キャビネット20本以上もある。

それは見た。でも何も分かりませんよ。
今日これから資料をお見せしてもいいです」



事故調の出したボイスレコーダーの解析では、
「ドーン」という衝撃音の後すぐに
減圧警報が1秒鳴って止まっている。

藤田さんは、それは減圧警報ではなく、別の警報だと言う。



航空事故研究の権威である加藤寛一郎さんは、
事故調の報告書を支持する著書『壊れた尾翼』の中で、
日本乗員組合の、事故調に対する恐ろしいまでの
不信感に心の底から驚いた、と言っていた。


その本の中で、加藤さんが、藤田さんと
警報のブザーについて話し合いを持っている記述がある。

加藤さんは、パイロットたちは急減圧に
気づいていなかったのではと言う。

加藤さんは、藤田さんから
「100歩譲って、これが減圧警報だったとして、
そのブザーは誰がとめたんですか。
減圧の警報ブザーは、機関士が止めない限り止まらないんですよ。」

と言われ、非常な衝撃を受けた、とあった。

パイロットにはおそらく常識であることで、
事故調の方々も知っていなければいけないことを
少なくとも加藤さんは知らず、
それを知るまでに3時間半かかった、と書いている。


加藤さんは、その疑問への答えとしてなのか、
江連記者という方からの質問に答える対話形式で
自分の見解を載せるという形をとっていた。

「警報が1秒で止まったのは、壊れたからではないか」
「パイロットは、緊急事態でマスク着用を忘れていたのでは?」

と江連記者に突っ込まれて「それもあり得ます」と答えながら
(なかなか鋭いな・・・)と加藤さん自身の心理状況を
カッコ書きで記載する展開。
(江連記者は、本文中は男性に見えるような記述だったのだけど
なぜか最後に、実はモデル並のスタイルの、若いたいへんな美人だと書いてあった)


加藤さんは、ジャンボ機のコックピットは、
小型機よりもかなり大きく、そのため
減圧にも、時間がかかったのではないかと推測。

だから減圧はゆるやかで、客室ではすぐにおさまった、とのこと。

最終的には、事故調の武田委員長の
「分からないこともたくさんあるんです」というセリフで
その章を終わらせていた。


事故調の報告書では、数秒後に、氷点下45度にまで
気温が下がったとあるそうなのだけれど・・・


どういうことなんだろう。

機内の一部でだけ温度が下がったということなんだろうか?


私の読解力のせいなのかもしれないけれど
「壊れた尾翼」のこの章を何度読んでも、私には
煙にまかれたような印象を受け
加藤さんが何を言いたいのかが伝わってこなかった。



藤田さんも、急減圧ではなく、
ゆるやかな減圧はあったと思う、と主張していた。

でも、減圧がゆるやかでは、垂直尾翼の破壊の原因にはならない。


加藤さん、また事故調の武田委員長は、
「急減圧は、主に天井裏で起こった」と言っている。

しかし、藤田さんは、
「減圧は、飛行機の一部に起こるものではなく、
客室で起こったとしたらコックピットでも起こっていると考えるのが
科学的思考のイロハである。

百歩譲って、天井裏で起きたとしても、
飛行機内の天井や仕切りはあまり頑丈につくられていないため、
天井に穴が空いたりり落ちてきたりしたはず」と書いていた。



どちらが正しいかということを
専門的な知識がないものに断定できるわけもないけれど

こんなに多くの人たち、航空関係者、パイロットまでも
不信感を抱く事故調査委員会というのはなんだろう。


事故調査委員会だけで
すべて秘密裏に行うのではなく
パイロットや航空関係者にも公開して
協力を求めるべきなんじゃないだろうか。



藤田さんは言った。

『結局、事故調は日米両国の誰も起訴されないように
訳の分からない報告書をつくったのかもしれない』


・・・・・・


機長の奥さまは、長い間、人殺し、という中傷を受けて
下を向いて歩く生活を続けてきた。

いやがらせの電話には、電話番号を変え、
追悼登山にも、遺族に会わないように
早朝に登山されていた。

ところが、ボイスレコーダーが、数年前、テレビで公開された後
全国から激励のメッセージが奥さまのところに届いたとのこと。


奥さまは、歯しか見つからなかった機長の遺体を
本当に本人なのか、ずっと信じられなかったのだけど

2003年の追悼下山の際
偶然、篠原歯科医に出会い

「高濱機長の歯型は、自分が検視しました。
絶対に本人に間違いない。
データをお見せして説明します」と言われ

奥さまの方から篠原歯科医宅を訪問して
鑑定データを見せてもらい、18年のもやもやが
吹っ切れた思いになった。

その年に、60歳になられた奥さまは、やっと
これからは前向きに生きなければ・・・、と
考えられるようになった、とあった。
               (「御巣鷹の謎を追う」  米田 憲司著より)

本当に切ない。


ボイスレコーダーを聞いて
機長は、本当に立派だと思った。


JAL123便の墜落は、樹林に接触して地面に激突、
そこからまた飛び、裏返しで斜面に墜落衝突している。

一体、どれだけの恐怖なのか・・・。

乗客の方々の恐怖、
また、500名以上の命を背負ってコントロール不能の
飛行機を操縦する恐怖は、想像すら及ばない。



たくさんの方々の命を奪い
遺族の方、関係者、様々な方々の
人生を大きく変えてしまった事故。

真実が葬りさられてしまったのでは
やりきれないと思う。

日本では、犯罪の追及と、真実の追究が
一緒になっており、それでは空の安全は、いつまで
経っても保障されない。

藤田さんは、犯罪を追及するのではなく、
真実を追究したいと言う。


22年経った今でも、真実の追究は可能なのだろうか。


真摯に、真実を追究してほしいと
祈るばかりです。




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事故調査は再発防止のために
日本乗員組合連絡会議
http://www.alpajapan.org/kannkoubutu/jikobousi/INDEX.HTM


落合さんの証言
http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-ochiai.htm

wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%88%AA%E7%A9%BA123%E4%BE%BF%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85



「御巣鷹の謎を追う」  米田 憲司著
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4796646671/ref=sr_11_1/503-3402998-0363939?ie=UTF8

「壊れた尾翼」 加藤 寛一郎著
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062568543/sr=1-1/qid=1159415669/ref=sr_1_1/503-3402998-0363939?ie=UTF8&s=books

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御巣鷹山 真実のゆくえ③

JAL123便には、いろいろな思惑がからみあっている。


ボーイング社が、しりもち事故の際の
修理ミスを事故後すぐに認めたこと。

もしも、飛行機の欠陥ということになったら
現在飛んでいるボーイング機を全て
降ろさなければならず、
それよりも、JAL123便だけの修理ミスにしたほうが
打撃が少ないから、という説を唱える人も多い。

しりもち事故を起こした機長は、
墜落事故後、自殺している。


また、自衛隊の素早い積極的な捜索とは対照的な
墜落場所の特定のあまりの遅さ。

墜落場所の情報は錯綜し
5回出した情報確認の全てが間違っていた。

地元の人たちが、山道の道案内を自衛隊に頼まれた時
地元の人たちは、正確な墜落場所の方角を
確信して主張したのに、無理やり、全く違う方向を
道案内させられたという話。


事故当日、自衛隊では、ミサイルの訓練を行っていた。

それが、事故機に衝突したのではないかという懸念が
自衛隊の故意のミス・リードに
つながっていると疑問視している人も多いらしい。


米軍ヘリが、事故後すぐに御巣鷹山に救助に向かい、
事故現場に降下を始めようとした時
基地から「日本の自衛隊がすぐに救助に来るから」と
撤退命令が出たこと。

これは、事故から10年経った95年に
その時のクルーの一人、マイケル・アントヌッチ元大尉が、
カリフォルニア州サクラメント市の
「サクラメント・ビー」紙に発表した。

アントヌッチ元大尉はその中でこう言った。

「もしも退去命令がなければ墜落から2時間後には、
救助できていたはずであり、ある医師の
『もし、発見がもう10時間早ければ、我々は
もっと多くの生存者を発見できただろう』という言葉は
私を体の心から震え上がらせた」


しかも、アントヌッチ氏は、事故について、
米軍から他言を禁止されていたらしい。


墜落は午後7時過ぎ。

米軍のヘリが墜落現場に到着したのがその2時間後。

日本の救助開始は翌日の日が明けてからだった。


救助が開始されて、生存者が確認された後も
生存者はヘリコプターが来るのを長時間待たされた。


また、生存者は、墜落したばかりの時は
他にも何人もの人たちの声が聞こえた、と
言っているのに、事故調の報告書では
「生存者以外は、みんな即死か、それに近い状態だった」としていること。


ボイスレコーダーの内容は、長い間、航空関係者にも公開せず
事故調の解析でしか見ることができなかった。

藤田さんは、当時、乗員の間からも
乗員には聞かせたくない何かがあるのでは、という
声さえ上がった、と言っている。


事故調は、学者や関係者から、報告書の案について
意見を聞く聴聞会を開いた。

その時の、小林東大教授の発言。

「垂直尾翼がなぜ倒壊したかについては、
胴体内圧が作用したことによると、断定しているわけではない。

それをにおわすような記述になっていると思うが
それ以外に数値的に力学的な根拠など、本質的なことが
何も示されていない。

したがって、この報告書に関して
詳細に批判できる内容が割と少ない。
そのため、一般論にならざるを得ないことを
最初に申し上げておきたい。

まず、第一に、なぜ垂直尾翼破壊が起こったかということに
注目する点から、海に落ちたと推測され、
しかも事故原因解明にもっとも重要なかなりの部分が
回収されていないのは残念なことである。

この部分が原因究明にもっとも重要であるということが
わかっておりながら、約二ヶ月半、海底調査について
何も手がつけられていないというのは何ゆえか、
という疑問を持っている。

(中略)

まとめとして、この事故は構造に起因する、
他に例を見ない事故なので、本事故調査委員会の報告書には
世界中の航空構造の研究者、技術者が注目している。

専門家が納得いくような事故原因究明結果を出して
いただくようお願いする」


でも、1年二ヵ月後に公表された報告書でも、
尾部胴体の破壊過程について
ほとんど解明されていなかった。


事故調は、報告書の中で
「残骸が回収できたものが少なく、
明らかにすることができなかった」と
相模湾捜索の不十分さを認めているのに

相模湾の捜索について、
「あれ以上の捜索は必要ない」と海上捜索を
3日足らずで中止している。


最終話④はこちらです
http://heart-shaped.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/__f4b9.html

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御巣鷹山 真実のゆくえ②

JAL123便の事故原因の疑問には、
常に「急減圧」と「垂直尾翼」が関わっている。


「急減圧があったのか」ということが
この墜落事故のキーワードになっている。


「急減圧」という言葉の意味も
全く知らなかった私だけれど
本を読むうちに少しずつ分かってきた。


旅客機に乗るということは、
10分程度で、高度1万メートルまで
持ち上げられるということ。

地上の半分以下しか空気がない高度で
快適に過ごすため
飛行機では、必要な空気を加えて、
「与圧」している。

胴体の壁には1万平方メートル当たり
6トンの力が加わっているので、
もし、壁に穴が空いたりした場合、
急激に気圧が低下する。

それを、急減圧という。


JAL123便は、飛行中に垂直尾翼が破壊され、
同時にオイルが通る4本のパイプが全て破断して油圧がゼロになり
完全にコントロール不能に陥った。

油圧系統は、操縦や着陸装置を動かす動力で
1本が壊れても、操縦可能なように全部で4本ある。

1本でも残っていれば操縦できるようになっているらしいのだけど
2本破断でも緊急事態であり、
4本全て破断、という事態はありえない状態であって、
パイロットはその訓練を受けていない。

全てのパイロットが「もしも油圧4本破断のランプが点灯したら、
ランプの故障のほうを疑う」と言っている。

垂直尾翼がなくなったことを知るよしもなく、操縦不能の中、
パイロットたちはエンジンの推力の調整のみで
30分飛行機を飛ばした。



垂直尾翼というのは、飛行にとても大きな役割を占めており、
その重要性から非常に頑強に作られている。
相当な衝撃じゃないと、垂直尾翼を失う理由を説明できない。


事故調査委員会は、垂直尾翼が破壊された原因は
「急減圧」によるもの、としている。

JAL123便は、御巣鷹山に墜落する前に
しりもち事故を起こしていて
その修理ミスによって、隔壁が破壊され急減圧が起こった。

急減圧によって、空気が垂直尾翼に入り、
その空気圧で破壊された、ということらしいのだけど

垂直尾翼が壊れるほどの急減圧というのは
すさまじい勢いではないと成り立たない。


実際、事故調査委員会の報告書では、
初期には毎分36フィートの急減圧、
平均して毎分28フィートの減圧があったとしている。


通常、急減圧の中では、パイロットはすぐに酸素マスクをつけ、
緊急降下を行っているはずなのだけど
コックピットでは、酸素マスクもつけず、緊急降下も行っていない。


酸素マスクをパイロットがつけていない理由に関して
事故調査委員会では
「明らかにできなかった」としているらしい。


もしも、そんなすさまじい急減圧が起こっていたとしたら
大きな騒音がして、客室に突風が吹き、
気温が氷点下まで下がるはずだけれど
数名の生存者たちは、誰もそれを裏付ける証言をしていない。


にもかかわらず、事故調査委員会が
急減圧を主張しているのは、
急減圧がなければ、垂直尾翼の破壊の原因が
説明できなくなるから、ということらしい。


生存者の1人、落合由美さんは、当時、現役の客室乗務員であり
当日、非番で飛行機に乗り合わせた。

公開された落合さんの証言には、
「ダッチロール」「ベントホールが開いた」などという
言葉が使われていて、後日、藤田さんが
落合さんに直接会う機会があった際

「あなたは、客室乗務員にはなじみのない言葉を
よくご存知ですね」と聞いたところ

「私は知りませんでした。後から教えてもらいましたが」と答えた。

また、公開された落合さんの証言で、落合さんが目撃したという
ベントホールは、落合さんの席からは見えない場所だった。



垂直尾翼の破片が落ちているはずの
海の中の探索も、再三、事故調査委員会に調査を申請しても
「必要がない」という理由で断られている。


急減圧があったとすれば、パイロットたちが30分間、
高度な技術を必要とする操縦を続けたことは
おかしいのではないか、という疑問に

事故調査委員会は
「毎分30万フィートと、それに続く2万フィート以上の気圧の状態は、
人間に直ちに嫌悪感や苦痛を与えない」としている。

藤田さんは
「これは、世界中の飛行関係者の常識をくつがえす
全く新しい見解」としている。



日本の防衛庁の教科書では
2万フィート以上の気圧の状態は危険域で
「意識喪失、ショックなど生命に危険が生じる」
と注意書きがあり、もちろんその後改定されていない。


また、運輸省は、2000年、翌年の情報公開法の施行を意識して
事故調査関係文書を積極的に大量処分した。
その中、心ある航空関係者の間で
ひそかに保存されていたテープや資料が秘密裏に集められた。

その中で、匿名で藤田さんのところに
有志で集めた内部資料のコピーを役立ててほしいと、
内部告発があった。

そこには、事故調査委員会が調査した
生存者である落合さんの口述記録で、落合さんははっきりと
「急減圧はなかった」と言っている。


いままで、マスコミが生存者の証言を
取り上げて、急減圧はなかった、と迫ろうとしても
事故調の正式な調査ではない、と無視された。


でも、事故調査委員会が自分たちで行ったインタビューで、
自分たちが保管してきた、葬り去ろうとした資料の中にあった。


政府、国土交通省に、大規模な再調査を再開させるため
藤田さんは、世論に訴えたいと言う。

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③はこちらです
http://heart-shaped.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/22_4a7d.html

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御巣鷹山 真実のゆくえ①

JAL123便が御巣鷹山に墜落してから
今年で21年が過ぎた。

当時のことは、よく覚えているという人が多いのだけれど
私はよく覚えていない。
私は、いろんなことをよく知らないのだけど・・・


数ヶ月前、mixiのマイミクさんの日記で
墜落機の航路の図解と音声を
組み合わせたフラッシュを見た。
http://mito.cool.ne.jp/detestation/123.html


日記にはフラッシュの説明があるわけではなかったので
私には、何のことだかよく分からなかったのだけど
飛行機のコックピット内の音声だということだけは分かった。

地図上に、飛行機が進んだ航路に線がのびていき
コックピット内での緊迫した会話が流れる。
「操縦不能」と話す操縦士たち。


喚いたり取り乱したりしている訳ではないのに
胸が締め付けられるような
緊張が伝わってきた。

飛行機はフラフラしながら山の方角へ。


『これ、何の音声なんだろう。本物?
この先、どうなるの?』と指をぎゅっと組み、胸の前で合わせた。

「これ、なんだろう」とパソコンの画面を母に見せると
「御巣鷹山じゃないの?」と言われた。


ビックリされるかもしれないけど
私は、御巣鷹山、と言われても、
どの墜落の事件のことなのか
ハッキリ分からなかった。


でも、機長の声が胸に刺さり
調べずにいられなくなった。

最初はインターネットで検索して調べ、
その後、図書館で関連本を何冊も借りて読んだ。


その時、初めて、「日航機墜落」といえば、
日航123便墜落事故を指すのであり

その事故が、死者520名という
単独機では世界最大の事故であるということを知った。


世界最大の死者を出した事故は
「ロス・ロディオス空港ジャンボ衝突事故」だけれど
それは、滑走路における2機の飛行機の衝突事故であって
事故原因ははっきりしている。
                     
日航123便は、操縦不能になってから
30分もの飛行を続けた稀に見る事故で、
その事故原因について、事故後22年経った今も
論争が続いている。


出版されている、事故に関するたくさんの本の中には、
国土運輸省の事故調査委員会が出した事故原因について
疑問を投げかけるものが多くある。


私が読んだ本の中で、藤田日出男さんの
「隠された証言」が一番胸に迫った。

この方は、当時、JAL123便機長の同僚パイロットだった。


その本を読んで、
数年前、ボイスレコーダーの会話が
新聞に掲載されていたのを思い出した。


あれが御巣鷹山だった。


当時、私は、『どーんといこうや』という機長の発言が
『山に衝突しよう』という意味ではないか、という
批判がある、という話を聞き

「どうしてそんな批判が出来るんだろう?
自分も死んでしまうのに・・・
落ち着こう、自分たちを元気づけようっていう
空元気に決まってる・・・」と思った記憶があった。


また、いつだったか、テレビで

事故機の機長の息子さんが
ボイスレコーダーを聞きたいと、
運輸省に申し出たところ、機密事項ということで
断られ、誰かが密かに聞かせてあげた

という話を聞き

「息子さんが、お父さんの声を聞きたいと言っているのを
断る理由がどこにあるんだろう。
すぐに聞かせてあげればいいのに・・・」
と思ったのを思い出した。


その、ボイスレコーダーを聞かせてあげたのが
この本の著者、藤田さんだった。

「機長の息子さんに聞かせてあげてほしい」
と匿名で藤田さんのもとにテープが
送られてきた、ということだった。

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http://heart-shaped.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/22_ad0a.html

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